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やらされてる・甘やかされてる

当塾の塾生は、大概が成績を上げてきます。しかも程度の差こそあれど結構最初から上げてきます。

もちろん「今まで勉強した事がなかった」とかいう子が勉強するんやから、というのもいますが。

 

でも見ていると「なかなか成績が上がってこないだろうなぁ」と思える子、やはりいます。

 

まず、「やらされている子」。そして「甘やかされてきた子」。

「やらされている子」は、やればある程度は成績は上がるのですが、それ以上は伸びません。

野球でもそうで、練習をやらされているうちはまあ伸びません。

なぜなら、「ここまでやれ」と言われたらそこまでを形だけでもこなそう、となるからで、それ以上にやろうなんて意識は全くないからですね。

50mダッシュ100本やれと言われて、イヤイヤやって言われた本数が来たらハイ終わり。

全力で100本とも走るヤツ、まあおらんですよね。コーチの見てるうちは一生懸命な顔をして走るでしょうが、途中から手は抜くわ足は抜くわ…。もう労力や時間のムダとも言いましょうか。

 

しかしこれ、「自分から50m100本走ろう!」と思ったらどうでしょう?

100本が済んでも納得いかなかったら、「もう一丁」とか「まだまだ」とか思うのではないでしょうか?

 

そう、これが自主的・主体的にやるのと「やらされる」との大きな違いなのです。

 

「甘やかされてきた子」も同じです。自分で試練や限界を越えようとしなくても、周囲の誰かがその試練などを取っ払ってくれるのです。

なにも自分でしなくても、朝起きれば着替えが用意してあり、朝ごはんがある。靴さえ履けば学校まで車で送ってくれる。

なにかをする前に、「あれやっときや」「これもあるで」と先回りして言われる子も同様ですね。

困るヒマさえ、自分で考えるヒマさえありません。

失敗させたくないのでしょうけど、簡単に成長を摘んでしまいます。

 

自主的・主体的。違いはあれど、2つとも生きていく上ですご~く大事ですよね。